相違

私の仕事柄、色々な方とお会いしたり、交渉先で様々な人々と出会います。その中で一番苦手なのが、自分の考えや異論を唱える時に攻撃的になったり、怒りと感情を共にぶつけてくるタイプの方です。意見の衝突、見解の相違などは、各人の経験や環境の相違から当然起こるべくして起こる。それは、決して相手の人格を否定したり、憎くて起こるものではない。が、反対意見を言う時、相手の意見を真っ向から否定して持論を大声で繰り返すは、何故か感情的になり、自分の人格を否定されたの如く怒る人が以外と多い。そんな場合こちら側としては議論する気にもならず、ただ相手の感情に嫌悪感を覚えるだけである。「売り言葉」に対して「買い言葉」ができない。そのくせあとあと思い出しては、あの時こう言って上げればよかった、とか少し後悔すること頻りである。そういうことがある度に、世の中には「自分と常識が全く違う世界の人」が多いことに驚かされる。昔から「話せばわかる」と云うのはでたらめで、いくら話してもわからない人はわからない、と思う。私が未熟なせいか、非常に「疲れる」のだ。相手の弱みをついたり、権威を振りかざしたり、物事そのものよりも、相手を「へこませる」権謀術数を駆使することになるからだ。そんなことばかりしていると、気持ちが磨り減って疲弊してしまいそうだ。「単純明快」で行こうと切実に思う此の頃です。